放射線の生物への影響
放射性物質には、元から存在しているものと、日々発生しているものの2つに分類されます。
環境中の放射線
ラジウムの放射性崩壊に伴って発生するラドン
ウラン鉱山の環境中、建築資材中のウランやトリウムから放出されるラドン。
温泉や空気中のラドン。
カリウム40
人体中に含まれる0.01%が放射性のカリウム40。
ストロンチウム90、ヨウ素131、セシウム137
核実験や原発事故により環境中に放出されたもの
炭素14
体内の炭素に一定割合で炭素14が含まれます。死後、5730年の半減期で減少します。
放射線の生物へのダメージ
なぜ放射線が人体に対して有害なのでしょうか。
原理としては、放射線の影響を受けた原子がラジカルとなり、DNAを破壊することにあります。
通常は行われない激しい化学反応がラジカルによって引き起こされる結果、破壊されることになるわけですが、通常はDNAには自己修復機能があります。
その自己修復機能では直せないほどDNAが破壊されると、必要なエネルギーや細胞新生が行われなくなったり、間違った設計図をもとに細胞が作られる(がん細胞)ことになります。
身体的影響と遺伝的影響
放射線が人体に当たると様々な影響が起こりますが、それらは大きく「身体的影響」と「遺伝的影響」に分けられます。
身体的影響
さらに、早晩効果(早期影響、急性効果など)と、晩発効果(晩発影響、遅発効果など)に分けられます。
早晩効果は、被爆後数時間、晩発効果は数年から数十年後に現れる影響です。
致死線量
人間は7グレイ(Gy)程度被爆すると、ほぼ100%の人が30日以内に死亡します。
これが100%致死線量、LD100です。
50%致死線量、LD50は約4グレイ(Gy)です。
感受性の高い部位
一般に、細胞分裂が盛んな部位ほど放射線に対する感受性が高く、人体では骨髄やリンパ節、生殖腺、腸管、皮膚などに影響が現れます。
症状
症状としては、下痢や嘔吐、発熱、白血球やリンパ球の減少、赤血球減少、脱毛などが見られます。
晩発の場合は、白血病やがん、白内障、不妊などが起こり得ます。
遺伝的影響
生殖腺に被爆を受けたあと、世代を超えて起こる影響のことです。
生殖細胞に突然変異が起こることによる結果として起こり得ます。
*ショウジョウバエで確認されていますが、人間では未確認とされています。
吸収線量と線量当量
人体が浴びた放射線の量を表す方法に、「吸収線量」と「線量当量」があります。
吸収線量
吸収線量:物質中で、どれだけ放射線のエネルギーが吸収されたかを示します。
1kg中の1Jのエネルギーが吸収された場合の吸収線量を1グレイ(Gy)と呼びます。
放射線が人にあたった場合、吸収線量が大きいほど影響(障害)は大きい。
線量当量
線量当量:吸収線量の値を、放射線の種類やエネルギー別の危険度(線質係数)で重篤度で補正した値
線量当量(H) = 吸収線量(D) × 線質係数(Q)
*係数はただの数字なので、本当は単位は同じグレイ(Gy)
混乱を避けるため、特別にシーベルト(Sv)を用いて表します。
同じ吸収線量でも、当たった放射線の種類やエネルギーによって影響の程度は異なります。
アルファ線や中性子線のほうがベータ線やガンマ線に比べて障害は大きいことがわかっています。
そのため、吸収線量ではなく、線量当量で表すことで、放射線の影響の程度を共通の尺度で表すことができます。
確定的影響と確率的影響
放射線防護学の観点では、放射線の影響を確定的影響と確率的影響に分けています。
確定的影響(deterministic effect)
確定的影響とは、ある限界線量(閾値、閾線量)を超えると初めて影響が起こるようなタイプの影響です。
逆を言うと、その限界線量に達しなければ影響を受けることがほぼありません。
ある一定のダメージ以下では、DNAの修復機能が正常に働くからと言われています。
被曝線量が大きければ大きいほど症状が重くなります。
確率的影響(stochastic effect)
確率的影響は、影響の発生に閾値がないような影響で、線量が多くなるほど影響の発生確率が大きくなります。
被爆線量がかなり小さくても、確率は低いものの発生する可能性があります。
白血病やがん、遺伝的影響などが該当しますが、原因が放射線かどうかの決定ができないというのが特徴(非特異的)となります。
外部被爆と内部被曝
放射線の線源が体の外にあり、体外から被爆する場合を外部被曝と言います。
逆に、線源が体内にあり、体内から被爆する場合を内部被曝と言います。
外部被曝の例としては、宇宙線、医療放射線、原発事故に伴う被爆などがあります。
内部被曝の例としては、食品や飲料水からの摂取、呼吸に伴うガス状・粉塵状放射性物質の取り込みなどがあります。
アルファ線は空気中を数センチしか飛ばないため、外部被曝のおそれは低いですが、被爆の際のダメージは大きい為、体内に取り込むことは極力避ける必要があります。
被爆の防御
被爆を防ぐ施策を外部被曝・内部被曝に分けて見ていきましょう。
外部被曝の防御
外部被曝の防御3原則は以下のとおりです。
①遮蔽(shield):その場所に到達する放射線を、遮蔽物で減弱させる
②距離(distance):線源からできるだけ距離を離し、到達する放射線を減らす
③時間(time):被爆する時間を短くする
重要性は、①遮蔽 > ②距離 > ③時間 です。
放射線を浴びないことが第一なので、『退避』が最優先となります。
内部被曝の防御
外部防御の3原則は、体内からの被爆では成り立ちません。
したがって、
①できるだけ体内に取り込まない
②速やかに排出する
これ以外には対策が取れません。
①には摂取制限、非放射性ヨウ素の内服による飽和防御などがあります。
②には、胃洗浄や緩下剤、肺洗浄、キレート剤投与、利尿剤などがあります。
自然界から受ける放射線
ラドンと崩壊生成物(内部):1.26mSv
地殻放射線(外部):0.48mSv
宇宙線(外部):0.39mSv
カリウム40(内部):0.29mSv
宇宙線生成核種(内部):0.01mSv
最大の被爆要因は、地殻に含まれるウランやトリウムに由来する放射性物質ラドンガスの吸入です。
体内で次々に崩壊し、アルファ線やベータ線を放出するので、娘核種の放射線も内部被曝の原因になります。
医療で受ける放射線
自然放射線では、世界平均値で年2.4mSvの自然放射線被曝を受けています。
日本人は2.1mSvの自然放射線の被爆を受け、世界平均よりも低いです。
医療で受ける放射線被曝は0.6mSvが世界平均ですが、日本人は逆に3.9mSvと世界平均よりも高い数値となります。
放射線汚染の3つの経路と排泄
摂取経路には大きく分けて、以下の3つがあります。
①経口摂取
②気道摂取
③経皮摂取
排出経路には、大きく、以下の2つがあります。
①排尿
②排泄
臓器別の放射線感受性
全身が放射線を浴びた場合、各臓器によって、放射線の影響には違いがあります。
被爆によって最も重大な影響を受ける可能性が高い臓器を「決定器官、あるいは決定臓器(critical organ)」と言います。
これは、注目する放射線障害によって異なります。
遺伝的影響:生殖腺
白血病:骨髄(赤色脊髄)
肺がん:肺、肺リンパ
骨がん:骨
甲状腺がん:甲状腺
皮膚がん:皮膚
生物学的半減期
放射性核種事に、決まった「物理的半減期(物理学的半減期)」によって、放射能の強さは減衰していきます。
体内に取り込まれた放射性物質は、物理的半減期によって減るだけでなく、代謝や排泄などによっても減っていきます。
体内の放射能が生物学的な過程によって半分に減るまでの時間を「生物学的半減期(biological half-life)」と言います。
生物学的半減期は、同じ核種でも、化学的形態によっても異なります。
例えば、トリチウムはトリチウム水の形のときは約10日ですが、タンパク質や塔の形のときは約40日となります。
また、水溶性か不溶性かでも異なります。
実効半減期(有効半減期)
体内の放射性物質が、物理的減衰と生物学的排泄の両方の作用で半分に減るまでの時間を「実効半減期、有効半減期(effective half-life)」と言います。
実効半減期=(物理的半減期×生物学的半減期)÷(物理的半減期+生物学的半減期)
となります。
生物学的半減期が十分に長ければ、実効半減期はほぼ物理的半減期に等しくなり、逆に、生物学的半減期が十分に短ければ、ゼロに近くなります。
物理的半減期が十分に長ければ、実効半減期はほぼ生物学的半減期に等しくなり、逆に、物理的半減期が十分に短ければ、ゼロに近くなります。
内部被曝線量の評価方法
結論として、精密な評価は不可能です。
①環境中の放射能汚染の程度から推定する。
②全身放射能計測装置(ホールボディモニター)で放射能を測定する。
③尿や分に排出される放射能の測定値から推定する。
上記で、おおよその推測をしていくことで評価することが現実的となっています。
放射性物質によって動きが異なり、化学的形態などが異なれば挙動も変わります。
また、体内分布は一様ではなく、人によっても異なります。
さらには、個々の臓器の重量なども個体差があるため、正確な臓器別の被曝線量を評価するのは困難とされています。
体内汚染の検査方法
前述の通り、正確な評価は困難ですが、以下を行います。
①人の体表面の放射能汚染検査
これは、手、足、服などの放射能汚染を検査します。
②全身放射能計測装置
ヨウ化ナトリウム・シンチレーション検出器を利用した装置により、放射性核種の種類と量を分析します。
③糞尿分析
バイオアッセイを呼ばれる糞尿の分析を行いますが、鼻汁、唾液、痰、呼気、血液、体毛などを分析することもあります。